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| 表通りを少し入ったところにその店はあった。 『たこ焼き屋 たこ課長』 一見なんの変哲もない、どこにでも有りがちなカウンター形式のたこ焼き屋だ。 しかしこの、なにかを孕むがごとく意味深で、どこか陰影を帯びた店名が、私の視線を 奪い、突然、白昼夢に駆られることとなる。 『たこ焼き屋 たこ課長』 何故だ、何故店主は課長にこだわったのだ。 社長とはいわない。せめて部長くらい付けてもよかったのではないか。それとも課長にこだわる理由があるのか。 店名付けといえば、一世一代の大イベント、野暮な名前は付けられまい。 店主、考える。 昼夜問わず考える。 考えた末、何故課長? たこ課長? |
キャバレーの呼び込み。 「ねえ、課長、いい子いるよ、遊んでいかない?」 裸一貫で始めた会社、寝る間惜しんで働いた日々、食うもの食わず走ったあの街。 ひっそり支えた女房の背中を、信じてついてきた可愛い部下を、額に刻まれた深いシワ を、 一挙に否定された瞬間だ! 社長と呼ばれる日を夢見、社長に憧れ頭を下げ、飲めない酒を飲み、ゴルフも覚え、カラオケに声をからした。 「代表取締役の肩書きが、黒く滑らかな本革の椅子が俺を呼んでいる!」 そして今、社長社長と慕われて、社長社長と頼られて、社長社長とみな平伏す。 そんな矢先に課長呼ばわり? 俺は課長に見えたのか? 俺はそれだけのタマか? 俺 の風格は課長止まりか?! 社長、呼び込みに殴りかかる。 周囲が止めには入っても、平常心を失った彼は歯止めがきかない。 誰かが呼んだ警察がやがてくる。 社長、喚きのた打ち回り、呼び込み、無残に瀕死の重体。 警察の取り調べに応じる社長、落ち着きを取り戻し一言。 「だって社長だし……」 だいたい店名というものは、本人の希望や夢、明るい未来を託し、大きく出るのが普通である。 『ラーメン一番』『ナンバーワン輸送』『焼肉日本一』 誰が一番と認めたというのだ。 店主自身か?いや、奥さんあるいは両親だろう。 「誰がなんといっても、私が一番だって認めるわっ」 『ワールド商事』『国際タクシー』 特別インターナショナルな動きは見られない。 『スナックダイヤモンド』 ママの誕生石はトルコ石だったりする。 名前は自由。それだけ名前のイメージは大切なのに、彼はあえて 『たこ課長』 たこ先生、たこ監督、たこ博士、たこ大統領、たこ観音、たこの神……。 いくら偉いものに例えても、これほどまでにマヌケな響き、“たこ”。 その上、救いの手を差し伸べることなく“課長”とくる。 それにしても曖昧な表現ではないか。 いっそ、 『たこ平社員』と、奈落の底に突き落としてやるのも情けでは。 いや、はたしてそうか。 平社員が苦と思うのはシロウトの陥りやすい間違いだ。平社員には下がない。 むしろ輝かしい未来と出世も期待出来る。 上に怒鳴られ、下を気遣う中間管理職。その哀愁こそ、“たこ”のマヌケ度アップにふさわしい。 と、なればこの店主。脱サラで店を始め、サラリーマン時代の課長の名残を引用したのてではと、推測される。 その読みは極めて鋭い。 『たこ課長』へのプロセスのルーツはサラリーマン時代にあるとみた。 しかし彼は平社員か、精々係長止まりだったとみる。 サラリーマン時代は辛いものだった。残業残業の日々。小さなミスが重大ミスへ。 頭を下げる日常、うだつの上がらない毎日。 追われるように過ぎ去る時間、上司はなにかと刃を向ける。 (貴様、上司でなかったら、ああしてやる、こうしてやるっ) 同僚と酒を飲む。酒の肴は上司のグチ。 (あいつ絶対ゆるさねえ、上司と思って図にのりやがって……) 彼、相当上司に恨みがあったとみた。会社を辞めた原因も、この上司だろう。 (あのクソ野郎、どうやって仕返ししてやろう) タコ焼き屋を始めると決まり、資金の調達、仕入業者の手配、店舗の内装、 着々と事が 進んでも、ふつふつと湧きだす怒りはおさまらない。 明確な答えが出たのは、看板屋からの店名提示の催促だ。 (そうだ店名にしてやろう。たこ課長、たこ課長、なんかの折にほざいてやる。 なんかの度に罵ってやる。たこ課長、たこ課長。ほーら、お客も言い出した。 やい、ざまあ見ろ、悔しいか!) 『たこ焼き屋 たこ課長』 一見なんの変哲もない、どこにでも有りがちなカウンター形式のたこ焼き屋。 そこは、人間社会の憎悪、現代における人間関係の歪み、 そして、腹底から溢れだす憎しみや恨みが渦を巻き、 復讐にかられた一人の男の執念の炎が、たこ焼きを焼きあげるのだ。 たこ課長、たこ課長。 たこ焼き、たこ課長。 今日も毒突く彼の因縁のたこ焼きを求め、人々は羅列を繰り返す。 私はそれを知りつつ、そっと一瞥し、その場を後にした。 痛烈な想いを抱きつつ……。 |
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